SKYART JAPAN COLUMN

世界一長いフライトは何時間か
パイロットが解説する超長距離便の秘密

ROUTESIN → JFK 距離約15,300km 飛行時間約18時間30分 機材A350-900ULR

世界には、18時間を超えて飛び続ける旅客機があります。その代表が、シンガポール航空が運航してきたシンガポール~ニューヨーク線です。(2026年現在)

約15,000kmを途中着陸なしで飛ぶには、燃料をただ大量に積めばよいわけではありません。燃料、機体重量、乗客や貨物、そして18時間の運航を支えるパイロット。これらが組み合わさって、初めて世界最長クラスのフライトが成立します。ここでは、その仕組みを順番に解説します。

Charles from Port Chester, New York, CC BY 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/2.0>, via Wikimedia Commons

世界最長クラスのフライト|シンガポール~ニューヨーク線

シンガポール~ニューヨーク線は、世界最長クラスの定期旅客便として知られてきた路線です。

2018年、この路線に投入されたのが、シンガポール航空のAirbus A350-900ULRでした。ULRは「Ultra Long Range」の略で、日本語では「超長距離型」を意味します。ベースとなる通常のA350-900に、超長距離飛行のための改修を加えた機体です。

区間の距離は約15,300km。地球一周がおよそ40,000kmですから、その3分の1以上を、着陸せずに一気に飛ぶ計算になります。飛行時間はおよそ18時間30分。羽田からヨーロッパへ向かう便がおおむね12〜13時間であることを考えると、その1.5倍近い時間を機内で過ごすことになります。

Airbusの資料によると、A350-900ULRの最大航続距離は9,700海里、約18,000km。性能上は20時間を超えるノンストップ飛行にも対応できます。シンガポール~ニューヨーク線は、この機体の性能をほぼそのまま使い切る路線と言えます。

なぜA350-900ULRなら18時間以上飛べるのか

A350-900ULRは、外観だけを見ると通常のA350-900とほとんど変わりません。違いは機体の中にあります。最大のポイントは、燃料搭載量です。

Pranav Srikanth, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

+24,000L
通常型との燃料搭載量の差
約120杯分
一般的なお家の浴槽

通常型A350-900の燃料容量は、仕様によって差はあるものの最大で約141,000L。これに対してA350-900ULRは165,000L。差はおよそ24,000Lです。一般的なお家の浴槽を200Lとすると、24,000Lはその約120杯分にあたります。数字だけ見ると微増に感じるかもしれませんが、この差が、18時間の壁を越えられるかどうかを分けています。

ここで気になるのが、それなら通常のA350にも同じだけ燃料を積めばいいのではないか、という点です。答えは単純で、そこまでの燃料は普段の路線には必要ないからです。

燃料を増やせば機体はその分重くなり、燃費や、搭載できる乗客・貨物の量に跳ね返ります。通常のA350が飛ぶ路線の大半は、10時間前後で目的地に着きます。その重量を燃料に回すより、座席や貨物にあてたほうが、路線全体としては合理的です。A350-900ULRは、18時間を超える一部の路線のためだけに、あえて重量配分を燃料側へ振った特別仕様の機体です。

興味深いのは、その燃料の増やし方です。A350-900ULRは、新しい燃料タンクを追加して24,000Lを確保したわけではありません。既存の燃料タンクを使いながら、燃料を入れる・計測する・管理する仕組みそのものを、超長距離飛行向けに改修することで搭載量を増やしています。タンクを増やさずに容量を増やす、という発想です。

これに加えて、機体そのものも重量を抑える設計になっています。ULR運航では前方の貨物室を使用停止にしていて、これは貨物搭載量にして約19t分の枠を手放していることになります。さらに座席数も、通常のA350-900が2クラスで315席前後であるのに対し、A350-900ULRは161〜173席程度。座席数にしておよそ45%の削減です。

機体そのものを軽くしたわけではなく、乗せる人と荷物を減らすことで、その分の重量枠を燃料に回している――これがA350-900ULRの実態です。浴槽120杯分の燃料を余分に積むかわりに、座席を半分近く手放しています。

燃料を増やす。乗せる重量を減らす。この2つを同時に成立させて、はじめてA350-900ULRは18時間以上を飛べる機体になっています。

18時間も飛んで、パイロットはずっと操縦しているの?

18時間を超えるフライトでも、パイロットが18時間ずっと操縦席に座り続けているわけではありません。

シンガポール航空がA350-900ULRを導入した際の超長距離運航では、計4名が乗務していました。機内には、コックピットクルーが休息できる専用スペースが設けられていて、飛行時間を分担しながら交代で休息を取ります。

ただし、休憩中のパイロットにすべてを任せきりにしているわけではありません。操縦席には常にパイロットが2名着いていて、次のような項目を継続的に確認しています。

  • 燃料が計画どおりに減っているか
  • 現在の飛行経路に問題がないか
  • 航空管制から新しい指示が出ていないか
  • 前方の気象に変化がないか
  • 機体システムに異常のサインがないか
  • 到着時にどれくらい燃料が残る見込みか

巡航中は自動操縦が使われますが、出発前に立てた飛行計画が、そのまま18時間続くわけではありません。たとえば、想定より強い向かい風が続けば、到着時の燃料の残量予測は変わります。目的地の天候が悪化すれば、別の空港へ向かう判断が必要になることもあります。

つまりパイロットの仕事は、機体を操縦することだけではなく、変化する状況を確認しながら、安全に到着できるよう判断を続けることです。18時間という長さは、機体の性能だけでなく、こうした乗務員の体制があって初めて成立しています。

Glenn Beltz, CC BY 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/2.0>, via Wikimedia Commons

18時間のフライトを乗客側はどう乗り切るか

操縦席の側に交代や休息があるように、客席の側にも18時間を過ごすための工夫が必要です。

長時間同じ姿勢で座り続けると、足の血流が悪くなり、血管の中に血のかたまり(血栓)ができることがあります。これがいわゆる「エコノミークラス症候群」で、機内という環境に限った話ではなく、長時間同じ姿勢を取り続けることで起こり得るものです。

対策として一般的に言われているのは、次のようなことです。

  • 1〜2時間に一度は席を立ち、機内を歩く
  • 座ったままでも、足首を回す、かかとの上げ下げをするなど、ふくらはぎを動かす
  • 水分はこまめに取り、アルコールの飲み過ぎは控える
  • 着圧ソックス(弾性ストッキング)を着用する

どれも特別なことではなく、体を長時間固定しないようにする、というのが基本の考え方です。18時間という時間は、パイロット側だけでなく、乗客側にも「同じ姿勢を続けない」という工夫があって、無理なく過ごせる時間になります。

これからもっと長いフライトは可能になる

超長距離飛行は、さらに先へ進もうとしています。

カンタス航空が計画する「Project Sunrise」は、オーストラリア東海岸からロンドンやニューヨークへの直行便を目指すプロジェクトです。使用されるのは、A350-900ULRの一つ大きいサイズにあたるA350-1000ULR。

Mitchul Hope, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

この機体の燃料の増やし方は、A350-900ULRとは異なります。A350-900ULRが既存のタンクを改修して容量を増やしたのに対し、A350-1000ULRには20,000Lの追加燃料タンクが新たに搭載されます。A350シリーズとしては初めて、追加タンクという方式が採用される機体です。

最大22時間
A350-1000ULRのノンストップ飛行
238席
4クラス構成の客室

座席数は238席。ファースト6席、ビジネス52席、プレミアムエコノミー40席、エコノミー140席という4クラス構成で、A350-1000としてはかなり低密度な客室仕様です。

20時間を超えるフライトでは、目的地まで飛べることだけでなく、乗客が長時間をどう過ごすかも設計の対象になります。Project SunriseのA350-1000ULRでは、客室中央に「Wellbeing Zone」が設けられ、軽いストレッチができるスペースや、水分補給のための設備が用意される計画です。

燃料タンクの容量だけでなく、機内で過ごす時間そのものを含めて設計する。これが、次の世代の超長距離機の方向性です。

日本発着の長時間クラスの直行便

超長距離便は海外の話だけではありません。日本を発着する路線にも、10,000kmを超える直行便があります。

  • 羽田~アトランタ:約11,000km、飛行時間はおよそ12時間30分
  • 羽田~ワシントン(ダレス):約10,950km、飛行時間はおよそ13時間前後
  • 羽田~ニューヨーク(JFK):約10,900km、飛行時間はおよそ12時間45分

シンガポール~ニューヨークの約15,300kmと比べると、4,000km以上短い距離です。それでも10,000kmを超えるフライトでは、燃料や風、機体重量を考えながら運航する必要があることに変わりはありません。

SKYART JAPAN

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