
British Airways Concorde G-BOAC 03.jpg / Eduard Marmet, CC BY-SA 3.0 GFDL 1.2, via Wikimedia Commons
皆さんが普段搭乗される現代のジェット旅客機は、一般的に高度3万フィート以上を、時速約800〜900km(マッハ0.8前後)の「亜音速」で巡航しています。しかし航空史を振り返ると、かつてその2倍以上の速度で世界の空を駆け抜け、マッハの壁を越えて乗客を運んでいた伝説の超音速旅客機(Supersonic Transport)が存在しました。それが、コンコルド(Concorde)です。巡航速度は驚異のマッハ2(約2,160km/h)。私たちパイロットにとっても異次元のスピードスターであったこの機体。なぜこれほどの超高速飛行が可能だったのか、そしてなぜ現代の空から姿を消したのかご紹介していきます。
旅客機は何km/hで飛ぶ?速度の引力

Concorde – panoramio (2).jpg / Darius Smalskys, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons
まずは、現代のフラッグシップ機とコンコルドのスペックを比較してみましょう。
コンコルドの速度は、現代の大型ハイテク機のおよそ2倍。この圧倒的な差は、単に高出力なエンジンを積んだだけでは成立しません。コンコルドは機体構造から流体力学、熱対策に至るまで、最初から「音速の壁を切り裂くこと」だけを目的に設計された孤高の航空機なのです。
「マッハ2」はどのくらい速い?
高度による速度の魔法
航空界で使われる「マッハ数」は、その場所における「音速(音の伝わる速さ)」を基準にした比率です。ここで重要なのは、音速は「空気の温度」によって変化するという点です。
つまり、高度によって「マッハ1」の実際の時速は変わります。コンコルドが成層圏でマッハ2に達したとき、地上換算では時速2,100kmを超える、まさに別次元の世界を飛んでいました。
コンコルドは、なぜそこまで速かったのか?
コンコルドがマッハ2での長時間巡航を可能にした背景には、突出した技術の融合がありました。

Concorde G-BOAB at the 1987 Fairford show rear.jpg / Anidaat, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons
衝撃波をコントロールする「オジバル・デルタ翼」
細く絞られた針のような胴体に、滑らかな曲線を持つ「オジバル・デルタ翼」を組み合わせています。これは超音速時の衝撃波を綺麗に後方へ受け流すための計算の結晶です。
戦闘機並みの心臓部「アフターバーナー」
コンコルドには、イギリスのRolls-RoyceとフランスのSNECMAが共同開発した「Olympus 593」を4基搭載。民間旅客機としては極めて異例のアフターバーナー(リヒート)を備え、離陸時や超音速への加速時に大きな推力を発生させていました。
高高度「成層圏」への進出
通常の旅客機を遥か下に置き、コンコルドは最大6万フィート(約18,300m)まで上昇しました。空気が極めて薄いこの高度を飛行することで、超音速飛行の最大の敵である空気抵抗を大きく抑えていたのです。
前が見えない?デルタ翼が要求した「極限の着陸技術」
超音速飛行を可能にした「デルタ翼」ですが、その代償として、着陸時にはパイロットへ極限の技術を要求することになります。コンコルドには、通常の旅客機にあるような翼のフラップ(高揚力装置)がありません。そのため、着陸時に必要な揚力を確保するため、機体は大きな迎角を取り、機首上げ姿勢で飛行する必要がありました。しかし、ここで大きな問題が生じます。
さらに、パイロットの感覚を狂わせたのが「着陸する瞬間の視界の高さ」です。“お尻から突っ込む”ような独特の姿勢で着陸するため、機体後部が滑走路に激突しないよう、コンコルドの脚(ランディングギア)は非常に長く設計されていました。
もちろん、その分コックピットの地上高も高くなるため、通常の旅客機とは異なる「高い視点」から滑走路を見下ろすことになります。さらに、着陸時の速度は時速300km前後と他の旅客機と比べても非常に速く、その状態で滑走路への進入から接地までを正確に行う必要がありました。高いコックピットからの独特な視界と、通常の旅客機とは異なる着陸特性に対応しながら機体を正確に着地させることは、コンコルドの操縦に求められる重要な技術の一つでした。
大西洋を3時間で横断、「日本飛来」の足跡
コンコルドの速さが最も威力を発揮したのが、国際ビジネスの主軸である大西洋横断ルート(ロンドン〜ニューヨーク)でした。通常の旅客機で約8時間かかるこの区間を、コンコルドは概ね3時間30分弱で結びました。1996年には、ニューヨーク発ロンドン行きBA004便にて2時間52分59秒という商業旅客機による大西洋横断の最速記録も樹立しています。
ロンドンを朝出発すると、ニューヨークには「出発した時間よりも前の現地時間」に到着するため、ビジネスエリートたちから「時間を買い戻せるタイムマシン」として重宝されました。日本への定期便就航は実現しなかったものの、何度か飛来しています。1972年には羽田空港へデモフライトで初飛来し、その後も大統領特別機やチャーター便として羽田、長崎、関西国際空港などを訪れました。
当時はその美しいフォルムと、離着陸時の圧倒的な迫力を一目見ようと、日本の各空港に多くの航空ファンが詰めかけ、大きなニュースとなりました。
なぜ、今はコンコルドのような飛行機が飛んでいないのか?

Concorde maiden flight cleaned.png / JacobTheRox, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons
これほど革新的な航空機がなぜ2003年に退役し、後継機が生まれなかったのか。理由は、超音速という「速さ」の代償があまりにも大きすぎたからです。最大の障壁となったのが、超音速飛行時の衝撃波が地上へ轟音として届く「ソニックブーム」の騒音問題です。各国・地域の規制により、陸地上空での超音速飛行には厳しい制限がありました。結果として、本領を発揮できるのは大西洋などの「洋上」ルートのみに限定されてしまったのです。さらに、燃料消費が大きく、運航コストも高いという課題がありました。実は日本航空(JAL)も開発初期に3機の導入を仮発注していましたが、その後、導入計画はキャンセルされています。現代の航空ビジネスが選んだ道は、一握りのための「最高速の贅沢」ではなく、多くの人が安く、静かで安全に移動できる「十分な速度と、最高のエネルギー効率の両立」でした。
最高速度の「世界一」は別にいる?知られざるライバル
「世界で最も有名な超音速旅客機」として君臨するコンコルドですが、純粋なカタログスペックの最高速度だけで競うなら、それを上回る航空機がもう一機存在しました。それが、旧ソ連のツポレフ Tu-144です。

Technik Museum Sinsheim, Tu-144, Concorde.jpg / Dr. Thomas Liptak, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons
見た目が酷似していたことから西側諸国からは「コンコルドスキー」とも揶揄された機体です。このTu-144は冷戦下の技術競争により開発され、コンコルドより先に初飛行を迎えたものの、商業運航では多くの課題を抱え、民間機としての定期旅客運航はわずか55便(約7ヶ月間)で打ち切られました。そんなTu-144に対し、コンコルドは27年間にわたり、最高級の空の旅を乗客に提供し続けました。「実用的な世界最速の旅客機」の称号にふさわしいのは、間違いなくコンコルドだと言えるでしょう。
「効率」の時代、そして再び「速さ」の未来へ

CONCORDE – BRITISH FRENCH SUPERSONIC TRANSPORT AIRPLANE – NARA – 17426584 (cropped).jpg / National Archives and Records Administration, Public domain, via Wikimedia Commons
コンコルドが到達したマッハ2の世界。それは、すべての設計をスピードに捧げた、エンジニアリングの情熱の結晶でした。現代の旅客機は速度こそマッハ0.85ほどですが、その分、燃費、航続距離、静粛性、そして運航コストなど、目に見えない多くの性能が見事なバランスでコントロールされています。しかし、空の旅のロマンはこれで終わりではありません。現在も、アメリカのBoom Supersonicなどが次世代の超音速旅客機「Overture」の開発を進めており、再び超音速の時代が訪れる可能性にも注目が集まっています。次に皆さんが飛行機に乗るときは、ぜひ窓の外の翼を眺めてみてください。その形には、時代ごとにパイロットとエンジニアたちが追い求めた「空の理想」が詰め込まれているのです。
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